基礎から臨床へ  1

 病理学教室での10年間は医療人としての基礎を築くための期間であり場所でありました。様々な病気と向き合い学ばせて頂きました。大学という場所であったからこそ出会えた病気も数多くありました。  その様な多くの経験を積ませて頂きながら、厚いしっかりとした基礎を築かせて頂いたと思っております。

 その後、病理から臨床のペインクリニック科に移るにあたっては、それなりの経緯と幾つかの出来事がありました。 病理学教室で剖検に明け暮れながら月日が経過したある時、病態という態様の集約的な概念ともいえるようなものが自分の意識の中に形作られていることに気が付いたのです。そしてそれ以来、そのことを確認するような意識で病気と向き合うようになって行きます。

 奇しくも丁度その頃、附属病院の中で麻酔科が痛み治療の外来(現在のペインクリニック科)を開始したという話を聞き、それがどうしても気になり見学にお邪魔しました。何が気になったのかと言うと、技術的なことは勿論ですが、失礼ながらその当時、医療現場の中でも殆ど黒子的な存在であった麻酔科の先生方が、どんな(患者様に対する対応も含めて)対応をされるのかが気になり見てみたいと思ったのです。

 ところが、私の不遜な野次馬根性的杞憂は見事に裏切られ、治療現場はとても素晴らしい雰囲気の場所だったのです。そんなに広くはないスペースにいくつかのベッドが並んでいて、何よりも驚かされたのは患者様の数よりも麻酔科医の数の方が多いくらいで、1対1若しくは2対1(2は医師の方)といったような体制で治療が行われていたことです。それぞれのベッドでは問診が行われていたり、局所麻酔の処置が行われていたり、また他のベッドでは硬膜外ブロックの準備が行われていたりと様々な光景が目に入ってきて、正に麻酔科医の臨床現場であることを実感させられた思いがしたものです。

 そしてまた少し離れたベッドでの光景がひと際目を引きました。うつ伏せになっておられる患者様の背中には何本もの針様の医療器具が刺入されていて、一人のベテランと思しき先生が刺入されている針に電極を装着しているところでした。私は思わず「この治療法は何という治療法ですか?」と聞いてしまったのですが、その先生は突然の部外者の質問にも拘わらず「これは鍼療法で、使用している鍼は中国鍼です。」と丁寧に答えて下さいました。

 私は鍼治療という言葉は聞いて知ってはいましたが、実はそれまで実際の治療現場を見たことが無かったため、直接目にしても良く分からなかった次第です。しかし目の前で行われている行為が鍼治療だとの説明を、実際に行っている麻酔科医の先生から直接受けた時、剖検時に目にしてきた多くの患者様のそれぞれの病態が目に浮かび、瞬時に何かとても有用な生体反応が起きるのでは?という閃きにも似た感激が頭の中を駆け巡った感じがしたのです。

 そしてそれが私と鍼という世界との最初の出会いになり、またその後、鍼の師となって下さる恩人の先生との出会いでもありました。

 

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